数々の伝説回を残してきたアニメ『僕のヒーローアカデミア』。その中でも強烈に印象に残っている話がある。それは、第23話「轟焦凍:オリジン」だ。この回をリアルタイムで視聴したあと、私は録画していたその話のオープニングを見返し、クレジットのある部分をチェックした。
音楽 林ゆうき
アニメサウンドトラックをはじめて手に取るきっかけとなった林ゆうきさんの作曲家活動10周年記念コンサート「劇伴食堂 はやし屋」が2020年1月12日、草月ホールで開催された。
元男子新体操選手の作曲家
林ゆうきさんは、男子新体操選手から作曲の道へと進むという異色の経歴を持つ作曲家だ。アニメだけでなく、ドラマ『リーガル・ハイ』や映画『僕だけがいない街』といった数々の映像作品の音楽を担当している。公式プロフィールによると、新体操競技に使用する楽曲を独学で自作するまで音楽経験もなかったというから驚きだ。
林ゆうきさんが作る楽曲の魅力は、作品のコンセプトを深く理解しながらも、その人自身がその時の感情でも楽しめるところにあると思う。楽曲を聴いているとアニメのワンシーンやキャラクターの表情が浮かぶのはもちろん、「やってやるぞ」と仕事に打ち込む時に、また少ししんどい時にただ寄り添うお供として、といった具合に、自分の状況のまま受け止められる気がしている。
今回の「劇伴食堂 はやし屋」では、そんな観客の感情の高揚に呼応するかのような演奏が、圧巻の生オーケストラとともに披露された。
初めての味(曲)も最高にうまい!【ドラマの部】
開演までの客席に充満するのは、私を含めた観客の大きな期待感。林ゆうきさんの10周年の集大成ともいえるコンサートだ。演奏されるセットリストに、自分が大好きな作品のあの曲は含まれているだろうか……。そんな会話が、会場のあちこちから聞こえてきた。
暗転した会場に入場してきたのは、弦楽器とホルン隊、続けてバンド隊とフルート、サックスの奏者の皆さん。面子がそろい、いよいよ始まるという時の緊張がピンと張りつめたステージに、林ゆうきさんが登場した。
期待感と緊張感が入り交じるなかの1曲目は、テレビドラマ『トライアングル』の「cocoon」。林さんのデビュー曲だ。そしてドラマ『左目探偵EYE』の「LEFT-EYE」、『DOCTORS 最強の名医』の「DOCTORS」が続いた。
ストリングスの音色がとても美しく壮大な楽曲の数々に、観客は一気にステージに引きこまれていくようだった。
MCを挟んで次に演奏されたのは、『大切なことはすべて君が教えてくれた』の「Prelude」。なんでも「わかりやすいメロディを乗せる日本のドラマにはしたくないが、聴けばこのドラマだとわかる楽曲を」という難しいオーダーに応えた楽曲だったそう。
林さんのアンサーは、単音をパラパラと鳴らすアルペジオを軸にした楽曲構成。同じ構成をした音の群が、桜が舞う儚く美しい情景を思い起こさせた。
次に続くのは『ストロベリーナイト』より「ストロベリーナイト」。ドラマをあまり観ない私でも、竹内結子の熱演光るこの作品は記憶に残っていた。緊迫感のある楽曲を聴いただけで、当時見ていたハラハラする気持ちが蘇ってくる。
MCを挟み次に演奏されたのは、NHK連続テレビ小説『あさが来た』より「あさが来た」「九転び十起き」のメドレーだ。曲を聴いた瞬間に、あささんの朗らかな「びっくりぽん」や新次郎さんの包み込むようなやさしい笑顔が蘇る。
そんなほっこりした雰囲気をぶち壊すかのように鳴ったのは、ピアノの激しい不協和音から始まるドラマ『あなたの番です』の「あなたの番です」だ。ギターのヘビーなサウンドとキリキリと響くストリングスが、いかに狂気じみたドラマだったのかをイメージさせた。
ちなみに、1部ドラマ・2部アニメという構成が組まれたこのコンサート。ドラマ編は『緊急取調室』の「緊急取調室」の緊迫感のあとに、『僕とシッポと神楽坂』の「僕とシッポと神楽坂」のあたたかなサウンドで締められた。
アニメから林さんを知った私は、今回演奏されたドラマ劇伴のほとんどを聴いたことがない。しかしどの曲も自然と頭が揺れたり、つい足でリズムをとってしまったりと、間違いなく音楽に心が揺さぶられているのを実感した。
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休憩をはさみ、私が林さんを知るきっかけとなったアニメ作品の劇伴パートが始まった。
1曲目は、林さんが初めてアニメの劇伴を手掛けたという『ROBOTICS;NOTES』の「ROBOTICS;NOTES」。そしてそのまま『ガンダムビルドファイターズ』の「GUMDAM BUILD FIGHTERS」が続く。どちらもロボやSFを題材にしたアニメということで、非現実的な打ち込みサウンドが映える楽曲だ。
MCを挟んで続くのは、『からくりサーカス』「あるるかん」と『DOUBLE DECKER! ダグ&キリル』「DOUBLE DECKER!」。MCによるとこの2曲には、高速ドラムが印象的な“ドラムンベース”というサウンドを取り入れているという。ジャンルは同じであっても使う楽器が異なれば全く雰囲気の違う音楽になる。この体験を味わってもらえたらと、このセットリストを組んだそうだ。
確かにどちらの作品にもバトルシーンがある。ただその雰囲気が、とにかくシリアスな『からくりサーカス』とドタバタコメディ感も満載な『DOUBLE DECKER! ダグ&キリル』では対称的だ。どちらの楽曲もドラムンベースのスピード感あるサウンドが激しさを演出しながらも、「あるるかん」にはアコーディオンで不穏さが、「DOUBLE DECKER!」にはトランペットやサックスで軽快さが加わり、その作品らしさを際立たせていた。
音楽の実験室のような時間を過ごしたあとは、『ポケットモンスター』「サトシのテーマ」の演奏へ。めずらしくコンペ式で出したというこの楽曲は、お子さんと一緒にお風呂に入っていた時にひらめき、書き起こしたそうだ。ちなみに赤緑、金銀しか通ってきていない昭和生まれのポケモン世代、大してサトシと顔見知りでもない私でも、この曲を聴いたら「サトシ、久しぶり」という気持ちが芽生えてきた。
次に演奏されたのは、死を題材としたアニメ『デス・パレード』より「moonlit night」。作品中のフィギュアスケートシーン用の楽曲だ。林さんは元男子新体操の選手だったからこそ、スケーターだったキャラクターの気持ちに寄りそった曲が作れるのではないかと思ったそう。その言葉の通り、美しくも悲しいピアノの旋律がスポーツ選手の孤独やそれでもその競技を愛する気持ちを表現していた。
林さんはご自身も男子新体操をしていたこともあり、スポーツものアニメが好きで手掛けることも多いそうだ。音楽を手掛けた作品に感情移入して泣くことも珍しくないという。そんな感情移入をしてしまった作品のひとつ『風が強く吹いている』の「We Must Go」が次の楽曲だ。私もこの作品に対する思い入れが強すぎることもあり、演奏を聴いているあいだずっと、キャラクターの表情や走るシーンが頭を駆け巡り、涙が止まらなかった。楽曲のことを冷静に語れないのを許してほしい。
また林さんから飛び出したのは、「この作品の映像×音楽のコンサートをしたい」という発言。ただでさえ楽しくて幸せな時間なのに、これ以上の期待を持たせてくれる神が目の前にいると感じた。
駅伝作品から襷を受け取ったのは、バレボールの作品。『ハイキュー!!』セカンドシーズンより「“上”」が続く。しなやかに伸びるストリングスの音色が、まだまだ伸びしろしかない日向たち烏野高校の面々の成長を感じさせてくれた。
時間がたつのはこんなにも早いものなのか……。そう思わずにはいられないラストナンバーを告げるMCのあと演奏されたのは、『僕のヒーローアカデミア』より「My Hero Academia」。ここで終わりでなく、むしろ始まりを告げるような楽曲をラストに持ってくる構成に、いちファンはただただ唸ることしかできなかった。
あっという間すぎるステージ。もちろん拍手が鳴りやむわけはない。その期待に応える形で登場したのは、サックスとトランペット、そしてバンドの編成。そして軽快な『リーガルハイ』の「LEGAL-HIGH」のイントロとともに、林さんも再登場する。ファンキーが過ぎる楽曲により脳内を埋め尽くす古美門研介のどや顔。楽しい時間の権化といっても過言ではない時間がそこにはあった。
そしてアンコールのラストは、私が林ゆうきという作曲家を知るきっかけとなった『僕のヒーローアカデミア』の「You Say Run」。アニメのストーリーと深くリンクする楽曲は、目の前に映像がなくたって、脳内でヒーローの卵たちがさまざまな壁を乗り越え突き進む姿を再生してくれた。
劇伴音楽に興味を持つきっかけとなった大好きな一曲で、コンサートは終了。コンサートが終わって数日がたった今もなお、心の中の私のスタンディングオベーションは終わっていない。
きっと誰もが誰かのヒーロー。人柄あふれるあたたかなコンサート
今回のコンサートの魅力は、楽曲だけではない。林ゆうきさんの人柄や作品との向き合い方といった部分が伝わってくるコンサートだった。
楽曲に込めた意図や、当時受けたリクエストやご自身の境遇などの裏側を含めて、1曲1曲をとても丁寧に解説してくれる。なんというファンにうれしい福利厚生なのだろうか。
「ちょっと譜面を探させてください」というプチハプニング。作品と関連した衣裳を着てみせる。演奏パートがないからと客席におりて出身地の銘菓を配り、ダンシング尻タンバリンを披露する。改めて言わせてほしい。なんというファンにうれしい福利厚生なのだろうか。
さらに実は今回のコンサートは、リアルタイムでの配信もされていた。
住んでいる場所や家庭の事情で参加したくてもできないファンのために。また、今の社会をとりまくさまざまな問題に、音楽を通して何か役に立てたら。林さんはこんな想いをもって、配信を楽しみながら気軽に募金もできる試みをしたそうだ。(詳しくは、林さんのnoteを読んでいただきたい)
さらに林さんはコンサート中、新体操選手から作曲家に転身した自身のことを「チンピラ作曲家」と表現している。だからこそレコーディングやコンサートで自分の曲を演奏してくれるミュージシャン仲間や、聴いてくれるファンの存在が林さんにとってのヒーローなのだと伝えてくれた。
どんなにすごい人でも周りの支えがなければ立てない。誰もがみんな、誰かの支えになっている。そんな当たり前だけれども忘れがちなことを、あらためて見つめ直せる時間をも届けてくれた「劇伴食堂 はやし屋」。私はもちろん、その場にいた、配信で見ていたファンは、ますます林ゆうきさんとその楽曲の数々が魅かれたのではないだろうか。
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