『ブルースカイコンプレックス』楢崎と寺島の絆を確固たるものにしてきた社会との繋がり

ブルースカイコンプレックス マンガ
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寡黙な優等生の楢崎元親(ならさきもとちか・以下、楢崎)と一見やんちゃに見える寺島夏生(てらしまなつき・以下、寺島)の高校時代からの恋愛を紡いできた『ブルースカイコンプレックス』(市川けい/東京漫画社)。この作品の大きな見どころの1つとして、「ふたりの間にある揺らぐことのない確固たる絆、愛情」があげられると思う。

ただそれは、ふたりの心の通い合いだけで描かれるものではない。周囲の人や社会との関係性の変化にも影響されながら、少しずつ強く揺るがないものとなっているように見えるのだ。

高校時代「ふたりだけの世界」に入ってきた大切な存在

寺島は売られたケンカをつい買ってしまうところ、楢崎は寡黙すぎるところ以外は、クラスメイトと会話する様子から見るに、割と等身大の高校生だと思う。ただその友人たちとの交友関係には、どこか距離があった。深くは踏み込まず当たり障りのない人間関係を、ふたりには平和で楽しい生き方だと認識していたように見える。

そんなふたりにとって放っておけない、もっと知りたい、一緒の時間を過ごしたいと思える初めての存在が、寺島であり楢崎だ。ふたりは初めての好きな人、恋人ができたことで心をかき乱されまくる。そんなふたりからは、もはや互いのことしか見えていないのではないか、ふたりだけの世界に閉じこもっているのではないかと思ってしまうほどに、互いが互いに夢中であることが伝わってくる。

その世界に変化が起こるきっかけとなった出来事の1つが、進路決定。本当は行きたい大学がある、学力的にもっと上を目指せる、なによりこれからもずっとふたりで一緒に過ごしたい……。ふたりは心の中ではこう思いながらも、自分が望む道に進もうとしなかった。

その理由は、ふたりが家族をとても大切に想っているところにある。楢崎は自分が進学を機に家を出てしまったら、海外長期出張で父が不在の家に母親と小さな弟たちを残すことになるからと第一志望の学校を諦めかけていた。また寺島も幼い頃に父親と死別して以降1人で育ててくれた母親の側に、まともな稼ぎができるようになるまではいたいという決意をしていた。

ふたりが互いの家族事情をはじめて知ったのは、楢崎が兄夫婦の協力で実家を出られるようになったと決まった時。楢崎の「一緒に住もう」という提案に対して寺島は、そこではじめて自分が思い描いている進路と将来について語った。

けっして会えない距離ではないものの、これまでみたいに側にいることが当たり前ではなくなる。相手の想いを尊重したいけれども、一緒にいたい。そんなジレンマを抱えるふたりを見ていると、「自分の人生なんだから」「そこまで家族を優先しなくても」と考えてしまう人もいるかもしれない。

しかしふたりと家族との繋がりも丁寧に描かれるブルースカイコンプレックスには、そんな大人のお節介な助言らしきものが入る余地もない。自分のやりたいことを二の次に考えるふたりに対してそれぞれの家族は、自分たちもまた新たなスタートを切ることで彼らの背中を押すのだ。このように楢崎と寺島の背景には、「自分を尊重してくれる家族」の存在がしっかりと見える。だからこそふたりが進路決定を「自分の人生だから」と簡単に割り切れなかった理由にも、本来希望する道へふたりで一歩を踏み出す選択にも説得力が感じられるのだ。

楢崎と寺島の進路決定は、それまでそれぞれの中にしか存在しなかった「互いの家族」という大切なピースが、ふたりだけの世界の中にも「一緒に大切にしていきたい人」として組み込まれた大きな出来事だったように思う。

放っておけない人が増えた大学生活で楢崎と寺島が得たもの

無事それぞれの志望大学へと進学した楢崎と寺島は、晴れて東京で同棲生活を始めることとなる。ふたりが「ただいま」「おかえり」と言い合っている姿は、幸せのおすそ分けという言葉がピッタリだ。

この大学進学とともにふたりの生活はガラッと変わる。その大きな変化の1つとして「友だち」と呼べる存在の登場があげられるだろう。

高校時代の楢崎と寺島は、けっして友だちがいなかったわけではない。しかり当時のふたりには、友人の名前を呼ぶ描写がなかった。それが大学生になったふたりは友だちの名前を呼び、学内で談話を楽しむようになる。さらには互いの学校でできた友だちが共通の友人となり、一緒にスノーボードやバーベキューなどのレジャーを楽しむ姿すら見られるように。

また楢崎は、同じ大学に通う社会人経験のある年上の友だち知羽(とわ)にふと、主に寺島絡みの悩みを打ち明ける姿を見せるようになる。嫉妬からくるモヤモヤを自分の中にとどめようと必死に努めていた高校時代と比べると、とてつもなく大きな変化だと思う。

ふたりに起こった高校時代との変化はまだまだある。ふたりは、友だちのことで感情が揺れ動くようになるのだ。

例えば知羽がふたりに自分の過去について語った際。ふたりは知羽につらい過去を話させてしまったという罪悪感に苛まれる様子を見せた。また寺島は、失恋で傷ついたにもかかわらず無理して元気な素振りを見せる友人 範康(のりやす)を、つらいとぶちまけてほしいという気持ちから激しい口調で責め立ててしまう。

そもそも寺島は、興味のない人間に関しては名前すらも覚えようとしてこなかった。そんな彼が相手のつらい気持ちを受け止めたいと感情をあらわにし、口論のあともきちんと自分の気持ちを伝え仲直りをしたのだ。

この寺島の姿を見て楢崎は、うれしそうに微笑んでいた。大学生になって少しだけ広い世界に出たふたりの間には、「互いが築いている関係もが愛おしい」という新たな幸せも追加されたのだと思う。

見える景色の広がりがふたりにもたらした、自分たちの当たり前への疑問

新たな社会との繋がりや広がりによって、ふたりの世界で大切にしたいものも増えていった寺島と楢崎。しかしその広がりは、自分たちの「当たり前」を脅かすものも持ち込んでくる。

寺島はゲイだ。彼の性的指向を家族も知っている。一方楢崎はゲイではない。ただ寺島に魅かれたのは彼にとっての自然なことだったと考えているようだ。そんな感じのふたりなので、別に自分たちの関係を隠そうという気はない。ただし聞かれたら答えるという感覚だったため、高校時代にふたりが恋人同士であることを知っている人はいなかった。

そんなふたりの当たり前に問いを投げかける存在が、ゲイだと悟られないように生きてきた範康だ。範康はゲイであることに生きづらさを覚えていた。

ただ惹かれ合い恋人関係になったふたりからすると、恋愛対象が男性であること、男性同士で付き合うことに悩みを抱える人がいるという事実にハッとさせられたのだろう。そこからふたりはたびたび、自分たちの関係が奇跡の上に成り立っているのかもしれないと考えるようになる。

さらに楢崎が家庭教師をしていた高校生の希星(きらら)の登場が、また彼らの当たり前を揺らがせる。彼女は楢崎が寺島と付き合っていると知るやいなや、男同士では結婚も子どももできないと言い放ったのだ。ふたりがはじめて目の当たりにした偏見だった。

希星の言葉は、寺島が心の中にずっと抱え続けていた「楢崎に結婚も子どももできない人生を歩ませることとなる」「自分が無理にこの恋愛に引きずり込んだ」という負い目を掘り起こすこととなる。

しかし楢崎は、この寺島の負い目をやさしく微笑みながら一蹴する。

お前が奪い続けるんだな 俺が死ぬまで
所謂そういう「しあわせな未来」ってやつを
お前のせいで俺は「不幸」になるわけだ 一生
いいな それ
※ブルースカイコンプレックス5巻 #26より引用

この楢崎のセリフは高校時代、寺島が彼に言い放ったあるセリフとリンクする。当たり前に側にいられなくなるかもしれないにもかかわらず、あまりにも平然な様子の寺島に楢崎は「腹立たしい」と漏らす。その言葉に寺島はこう答えたのだ。

お前にとって人畜無害でいるより全然いい
※ブルースカイコンプレックス3巻 #14より引用

2つのセリフのリンクは、「ずっと一緒にいられればそれでいい」というふたりの想いがずっと変わらず続いている証だと思う。

ふたりは自分たちの中にはない価値観があふれる社会と触れあう中で、自分たちにとって当たり前だったことが他の人や社会にとってはそうではないことに気づいていく。その違いに戸惑うこともある。しかしどんな時も同棲する家に帰るみたいに、共通の想いにふたりで立ち返ってきた。

環境は変わっても、どんなに時がたっても、ふたりが互いを一途に思う気持ちだけは揺るがない。楢崎と寺島にとっての社会の広がりは結果として、互いを想う熱量の証明にもなってきている。

最新刊で描かれるのは、大切なものを天秤にかける恐怖

希星の偏見を目の当たりにし、社会からの拒絶ともいえる反応をはじめて受けたふたり。しかしふたりの関係は揺らがないのだと見せつけられてきた読者も多いはずだ。

しかし最新7巻では、過去一番の窮地を迎えているように見えた。

そもそもふたりは、自分たちの関係が世間から見たら少数派であることを認識している。ただ偏見を向けられてもそれを気にせずにいられたのは、希星がふたりの世界における大切な人ではなかったからだろう。それが最新刊では、ふたりにとって大切な存在となった家族から拒絶ともとれる反応を受けてしまうのだ。

大好きな恋人と別れるつもりなんて考えは、毛頭ない。しかし拒絶された以上、家族とこれまで通りの関係を続けていくのは難しいかもしれない。

動揺が表に出にくい楢崎が周りから見ても明らかに思い悩む姿からは、大切なものを天秤にかけているという緊張感がヒシヒシと伝わってくる。

社会の広がりによって自分たちの当たり前が理解されない可能性を知ったふたりは、この窮地をどう乗り越えるのか。そもそも乗り越えられるのか。ふたりの絆の行方からは、やっぱり目が離せない。

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